グリーン・ノウの夏休み そして扉を開けよう

 お盆休みには読書した。読んだのは、ルーシー・M・ボストン作の「グリーン・ノウ物語シリーズ」。「グリーン・ノウの子どもたち」から「グリーン・ノウの石」まで六冊ある。一応児童文学のジャンルに入るのだろうが、大人が読んでも素晴らしい。
 書誌学者で作家の林望が一九八四年に英国のケンブリッジ大学で仕事をしていた時、八ヶ月程下宿したのが、この物語の舞台となった「グリーン・ノウの館」だった。館の本当の名前は「ザ・マナー」。ケンブリッジ郊外、ヘミングフォード・グレイの村の元領主館だ。大家さんで、物語の作者、ボストン夫人は、当時九十一才だったそうだ。
 夫人は、一九三七年に、このイギリス一古い、と言われる館を購入し、荒れ果てていた館を時間をかけて修復して、一九九〇年、九十七歳で亡くなるまで、住み続けた。そして六十代のころ、この六冊の物語を書き綴った。
 館が建てられた一一二〇年から現代(一九五〇年代〜六〇年代)までの「グリーン・ノウの館」の年代記とも言えるだろう。ただし、お話は年代順ではないが。
 六冊を通して、様々な時代にここで暮らす少年少女たちが登場する。違う時代を生きる子供たち同士が交流するので、一種のタイムトラベルものと言えるかもしれない。不幸せな子どもたちも出てくるが、彼らはこの館に迎え入れられ、館の持つ不思議な力と、館の主で、ボストン夫人の分身とも思えるオールドノウ夫人の愛情とに包まれて幸せになることが出来た。シリーズ四作目の「グリーン・ノウのお客様」は、一九六二年、その年に出版された最高の児童文学に与えられるというカーネギー賞を受賞したそうだ。
 私はこの物語にのめりこんだ。子供のころは食事を忘れる位、読書に熱中したものだが、それ以来かもしれない。よい夏休みとなった。だが、現実の世界に戻ってきてみると、この夏ほど、仕事に復帰するのが嫌だったことはない。好きな仕事ではあるが、そろそろ、しまい時かもしれない。これまでいた部屋の扉を閉めて、新しい部屋の扉を開ける時が来たのかもしれないと思う。