「ケイティ物語」、甘草(リコリス)、そして我が家の秘密

 中学のころだったかと思う、父の書棚に「ケイティ物語」という本を見つけた。作者名は、”クーリッジ”だ。読んでみたところ、ケイティという名前の娘の成長物語だった。なかなか面白かった。不慮の事故で体が不自由になった活発な少女、ケイティが、一家のまとめ役となり、やがて、奇跡的に回復していくというあらすじだ。
 「若草物語」をちょっと連想させる、そのお話の作者、スーザン・クーリッジは、あとになって分かったが、「若草物語」の作者、オルコットと同じく、アメリカの女性で、生きた時代もあまり離れていない。オルコットは、1832年〜1888年。クーリッジは、1845年〜1905年だ。「若草物語」も、「ケイティ物語」も、”家庭小説”あるいは、”少女小説”の分野に入る。
 そのお話の中で、とくに記憶に残ったのは、内容には関係ないのだが、”甘草(かんぞう)”というものだった。それまで、全然聞いたことがなかった。”甘草”?いったい、これは、なんだろう?と思った。やがて、少し大きくなってから、辞書にあたったが、”リコリス”という薬草らしいということが分かっただけだった。ハーブのブームはまだ来ていなかった。
 そして、もっと大きくなってから、これは、甘草(リコリス)を使ってこしらえたお菓子らしいと分かってきた。
 イギリスに行った時、どこかの観光名所の売店で、伝統的なお菓子を売っていて、その中に、”リコリス”を見つけて、買った。まっ黒い、釘抜きのような形をした”もの”だった。嗅いでみると、甘くて、苦い、薬のような匂いがした。ちょっとなめてみたが、気持ちが悪くて、それ以上、なんにもできなかった。まるで、悪魔のお菓子のように思えた。
 検索すると、リコリスは、欧米では好まれているが、日本では人気がない、ということで、なるほどと、うなずけた。欧米の人は、どうして、あんなものが好きなのだろう?
 ついでに、思い出したが、若い頃、「ピーター・ラビット」を読んでいて、”カミツレ”という奇妙な言葉が出てきた時も、驚いた。はて、”カミツレ”とはいったい何ぞや?と思ったものだ。やがて、ハーブのブームがきて、”カミツレ”とは、”カモミール”だということが分かった。外国の本を読んで、これはなんだろう?と思ったものに、その国で逢うことができると感激だ。子供のころ、クリスティーの作品で知った”トライフル”というお菓子にも、イギリスで逢えた時は、感動したものだ。これは、リコリスと違って、とても美味しかった。
 話を「ケイティ物語」に戻すが、なぜ、このような本が、父の書棚にあるのだろうと思った。父に訊いたところ、私たち一家が、休日などに、時々お邪魔していた、当時の父の上司のお嬢さんにもらったのだという。そして、もう少し訊くと、我が家の秘密の一つが、明るみに出た。
 父は若い頃、そして、私たち姉弟が、まだ幼い頃、結核に感染し、二年ほど、療養していたことがあったのだそうだ。療養所か病院にいたのだろう。私たち子供にはそのころの記憶がない。祖母や母も、隠していたのだろう。当時は、結核は、恐ろしい病気だった。
 病気をしていても、明るい心を持てば、家族の要になることができますよ、そして、きっと回復しますよ、というそのお嬢さんの温かいメッセージが込められた、お見舞いのこの本を、父は読まなかったのだそうだ。どうせ、少女小説だから・・・と思ったのだろうか?私から、その本の内容を聞いて、父はどう思っただろう?そのお嬢さんに、お詫びをしたのだろうか?98歳で昨年逝った父には、もう訊くことができない。こういうすれ違いは、世の中に、よくあることかもしれない。お嬢さんは、その後、どうしていらっしゃるだろう、と時々考えることがある。私より、だいぶ年長の方だった。お元気でいらっしゃるなら、お会いしてみたいような気もする。