いつも、心に浮かぶ顔 三題

*長い間、診ていただいている主治医の先生がいる。私と同じくらいの年齢なのだが、お医者様とは激務なのだと思う、顔には大きなしわがいくつも刻まれていて、本当の年齢よりも、随分、老けて見える。
 先生は、お若い頃、素敵な方だった。田宮二郎みたいだった・・・と言ったら、ちょっと大げさかもしれないけれど。
 今でも、声や話し方は、昔と変わらない。歯切れがよく、若々しく、いかにも、良家のお坊ちゃん、といった感じだ。
 が、診察室に入ったとたん、あれっ!?と、いつも思う。この先生、こんなに老けた方だったかしら?
 私の心の中には、いつも、お若い頃の先生のお顔があるのだ。
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*私のボーイフレンドは、私と同年配の俳優さんだ。チョイ役ばかりとはいえ、いつも、仕事で忙しく飛び回っている。
 たまに電話してくるのだが、若々しい声と話し方で、まるで、少年と話しているような気がする。むこうも、私と電話で話していると、若い娘さんと話しているような気がすると言っている。私も、声が若いそうだ。
 顔を合わせると、おたがい、おじさんとおばさんなので、がっかりするのだが・・・
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*親戚に、一人の青年がいる。年に一、二度、電話で話すことがある。
その人の声や話し方が、若い頃、勤めていた会社の同僚に、よく似ている。私は、その同僚に、淡い思いを持っていた。その青年と話す時は、電話の向こうに、その元同僚の顔を思い浮かべているのだが、もちろん、相手は、それを知らない。
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以上を書いて、私って、気が多いなあ、と、自分でも思うが、どれもみな、燃え盛る炎ではない。心の隅をほんのりと照らしてくれる、小さなランプの灯りのようなものだ。
(上記のエッセイは、震災前に書いたものです。)