悪相

 英国旅行の際、立ち寄った湖水地方の町、アンブルサイドの書店主。
アンソニー・ホプキンス(英国人俳優)か、モリアーティ教授(シャーロック・ホームズの宿敵)か、といった顔をしている。
それに、ものすごく鋭い目つきだ。この人、いったい、顔つき通り悪い人なのか、それとも中身は普通の人なのだろうか?と考えながら、じっと、その人の顔を見つめていると、視線を感じたのか、ギロッと目をむいて私を見たので、あわてて、店を飛び出した。
 外見通りの悪人か、それとも中身は、普通、あるいは善良な人なのか?と考え込んでしまったのには、わけがある。
 池波正太郎の「剣客商売」の一篇に一人の男が登場する。仕事は金貸しだったと思うが、ひどい悪相の持ち主だ。中身は、かなりの善人なのに、いかにも悪辣な高利貸し、といった顔をしている。そのために、誤解され、とうとう、無実の罪で、処刑されてしまう。
 処刑直前に「剣客商売」の主役、小兵衛が、この男と会って、話を聴き、男の命を救うことはできなかったが、無念を晴らしてやることができた、というお話だ。
 これを読んでから、悪相の人を見ると、つい、考え込んでしまうようになった。 
 我が家の近所の、ある店の御用聞きさんは、なんとも気味の悪い目つきをしている。
母も、「あの人は、変質者みたいな目をしている」と言っていた。
 だが、この人は、そのお店に、もう、15〜6年は勤めているはずだ。その間、この近辺で、その種の事件が発生したような話は、聞いたことがない。では、この人も、「剣客商売」の金貸しのように、中身と顔が違うのだろうか?単なる悪相なのか?
ここで、また、あの英国の書店主の話に戻るが、もし、もう一度、アンブルサイドに行くことがあったら、あの書店に立ち寄ってみよう。そして、今度は、近くのお店の人たちに、書店主の評判を聞いてみたいものだ・・・とまあ、そこまでのエネルギーはないか?

追記:知人によると、アメリカ映画では、悪役は、イギリス人俳優が演じていることが多いそうだ。イギリス人には、悪相が多いのだろうか?