戦争と愛

 私の一作目の朗読CDに入っているメインの読み物は、小泉八雲作、上田和夫訳の「耳なし芳一のはなし」ですが、ほかにも、短いものをいくつか読んでいます。
そのうちの一つに、父が書いたエッセイがあります。戦争中、父の部下だった青年と、フィリピンの娘さんとの悲恋の実話を書いたものです。

CDを発売して間もないころ、このCDを聴いたというある方からメールが来ました。日本人の俳優さんですが、主としてオーストラリアで活動なさっているそうです。
今、帰国していて、将来、映画を作るための準備活動をしているのですが、その映画は「戦争と愛」をテーマとしているので、戦争を経験したいろいろな人から話を聴いているのだそうです。
父からも話を聴きたいとのことですので、父の了解を得て、日取りを決め、我が家に来てもらうことになりました。
約束の日、その俳優さんは、ビデオカメラを担いだスタッフの方と一緒に現れました。
父の話をビデオに収め、戦地から持ち帰ったスクラップブックも、収録されました。
スクラップブックには、戦地に慰問に来た芸能人のブロマイドなどもあり、戦後「リンゴの唄」で有名になる並木路子さんの写真もありました。
とりわけその俳優さんが興味を待たれたのは、父の実戦体験です。その方は、外国映画で、日本人の兵士の役をなさることが多いのだそうです。
「こういう時はどうするのですか?」などと、絨毯の上に寝そべって、いろいろなしぐさをしながら、父に質問されます。
父がどういう質問にも明解に答えますので、俳優さんは、大変喜ばれ、「また来ますよ〜!」と手を振りながら帰っていかれました。
父は数年後に亡くなりましたので、俳優さんがまた来られることはありませんでした。それに、そんな映画が封切られたという話も聴きません。でも、たとえ、芸能の世界でよくあるように、映画の企画が没になったとしても、父にとっては、とてもいい思い出になったことと思います。