サセックスの春

毎年、春が近づいてくると読む本があります。
エリナー・ファージョンというイギリスの作家の「りんご畑のマーティン・ピピン」です。
イングランドサセックスが舞台になっている恋の物語集です。

いい物語がたくさん入っていますが、「若ジェラード」というお話が、とくに好きです。
お話は、春先に始まり、二十一年の歳月が流れて、また春先に終わります。

花の咲かない桜の木、灯のつかない角灯、火の灯がちらちらする羊飼い小屋の夜・・・
繊細な文章です。

ファージョンには、若い時に出逢って以来、ファンとなりました。

彼女の、もう一冊のお話集「ひなぎく野のマーティン・ピピン」のプロローグといいますか、読者への呼びかけも、素敵な文章だと思います。
天国にいらっしゃる、訳者の石井桃子さんも、お許しくださるのでは、と思い、ここに紹介いたします。
若い日に、この文を読んで、サセックスにあこがれました。
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この本を読む人々よ、
あなたはサセックス生まれか。
われらの日の出のさまを、
また夜の月の出を、
あなたは知っているのか。
われらの日月は、
アンバリ・マウントの頂に
黄色の光の
椀のようにのぼる。
さかしまにのぼるその大きな椀は、
大地と丘に、光のすべてをそそぐ。

この歌を読む人々よ、
あなたがサセックス育ちであれば、
その大きな椀が、あなたの頭上で
金色の泡の玉と変わり、
アンバリのみどりのすそ野に立つ
ひとりの子どもの息に吹かれて、
青い空を泳ぎわたるのを
いくたび見たことだろう。
かつて、あなたを知り、
いまも、あなたと遊ぼうと
願う子どもの息に吹かれて。